スイスもI社も、どんなことが起こっても生き残れる。
少なくとも自分たちはそう信じている。
どちらもノロマかもしれないが、へたに干渉しないほうがいい。
両方とも自分たちのものを守るためなら戦うし、小突かれたりしようものなら汚い手を使ってでも仕返しするだろう。
スイスと同じようにI社も陸封されている。
ただしピッグブルーを取り囲む障壁は地形ではなく、連邦の規制と内部のライバルたちである。
スイスはオーストリア、フランス、ドイツ、イタリア、リヒテンシュタインと国境を接しているが、I社はアメリカの反トラスト法と1956年の裁判所布告に包囲されているのだ。
そのおかげで、国を大混乱に陥れるような力はいくぶんか規制を受けている。
それよりも大きな規制になっているのが、自分の領土を侵略されまいとする社内の各コンピュータ事業部同士の競争である。
I社のメインフレーム事業部は競合他社を警戒するのと同じくらいに、自社のミニコンピュータのラインで製造される最上位機種との競合を警戒している。
社内にとどまっているかぎり、競争を規制する法律や裁判所布告は存在しないからである。
I社の市民は、コンピュータを発明したわけではない。
最強のコンピュータを作ったわけでもない。
I社の市民は、ほかの誰よりも多くのコンピュータを作っただけである。
いまでこそジーンズと言えば誰でもリーバイスを思い浮かべるが、リーバイスとは対照的にファッショナブルなジーンズをデザインするグロリア・バンダーBトと競っていた時代がある。
だが、辛うじて生き延びたのはリーバイスのほうだった。
こうしてリーバイスがジーンズの代名詞になったように、I社もコンピュータの代名詞のようになったのである。
I社のコンピュータに際立ったところはないが、社員となると話は別である。
私が取引したことのある会社のなかで社員の応対が一貫して共通し、一種の社風のようなものを感じたのはI社とP&Gのニ社だけだ。
これは二社の一雇用方法、社員教育の方法、そして両社が社歌集を持つという事実からくる。
ニューョークあるいはシンシナティーの販売会議に1000人もの社員が集まって、全員で雇主をたたえる社歌を大声で歌ったら、さぞかし一体感を得られるに違いない。
I社の社員は独自の言語を持ち、それに固執している。
たとえば、ミニコンピュータは「中間帯システム」と呼ばれる。
モニタは「ディスプレイ」だ。
さらに、一枚ないし数枚の磁気円盤が毎分3600回転する外部記憶装置であるハードディスクは、固定されているわけでもないのに、なぜか「固定ディスク」と呼ばれている。
I社の800ドルのディスプレイは、Sスンの349ドルのモニタとはモノが違うという幻想がある。
また、シーゲートが生産を請け負っているI社の固定ディスクは、シーゲートブランドでは半値で売られているまったく同じドライブよりどこか優れているという幻想がある。
I社独自の言葉にこだわることによって、こうした幻想が保たれているのだ。
ロレックスやグッチと同じで、I社の社員たちは自分たちが売っているのはコンピュータではなく、I社の名前だということを知っている。
I社の人間はやや独善的で、少々ノロマでいささか太りすぎている。
I社の社員はほとんどが新卒で入社するので、ほかの会社で働いた経験がない。
彼らは大型のビュイック・リーガルに乗り、毎週土曜日の朝には洗車に出かけて金を余分に払ってワックスをかけさせる。
そんな彼らが満足しきっている中流階級の生活スタイルは、シリコンバレーの企業家たちを困惑させた。
中年の危機が訪れる前に財産とフェラーリを手に入れようと、死にもの狂いで働くのがシリコンバレーの連中の生活スタイルである。
そう考えない人間がこの世界に、それもコンピュータの世界にいることを彼らは理解できなかったのだ。
シリコンバレーの企業家たちは、そんな人間が働くI社と取引したいと思っているのである。
I社の社員は、億万長者になるためにこの業界にいるわけではない。
どうしてそんなことができるストックオプションのだろう。
彼らは新興企業の自社株購買権の上であぐらをかき、一セントだった株が株式を公開して8ドルに値上がりする日を待っているわけでもない。
彼らは60年以上前に株式を公開した、典型的な優良企業で働いているのである。
数百万ドルもするコンピュータを売っているI社の営業マンは歩合制で働いているが、彼らの収入でさえ限界がある。
一定の割当てがあって、それを消化してしまうとそれ以上コンピュータを売ることができないのだ。
エレクトロニック・データ・システムズ社の創業者ロス・ペローは、かってI社の営業マンだったことがある。
ある年、彼は一月のうちに一年分の割当てを売ってしまった。
そのとき、残りの十一カ月間はもう一台もコンピュータを売ることができず、従って収入も得られないことを知った。
うんざりしたペローは、I社を辞めたのである。
I社の社員は金持ちになる必要がない。
彼らは会社が自分を一生一雇ってくれることを保障し、社会福祉以上の福利厚生を約束してくれることを望んでいる。
そうでなければ、地球上で最強の企業でトップまで登りつめ、完璧な権力を得ることを望んでいるのだ。
I社では金と権力は同意語ではなく、権力が好まれるのである。
富と権力を得るために払われる代償は、I社のルールとペースに応じて変化する。
会社が命じればどこへでも行き、会社が命じればなんでもやり、外部の人間に仕事のことを話してはならない。
これがI社のルールである。
変わった行動を許さない企業が存在し、そうした企業は時としてその代償を払わなければならない。
I社はその類の会社である。
I社のペースは遅い。
76万本の足並みがそろうには時間がかかるのだ。
I社の全従業員は、明らかにマネージャーになろうという野心を抱いている。
会社側もマネージメントを唯一最大のビジネスにすることによって、従業員がそう望むことを奨励している。
I社の重役が商品をデザインしたり、ソフトウェアを書いたりすることはない。
彼らは商品デザインやソフトウェア作成を管理するのだ。
彼らはいくつもの会議に出席する。
そのため、労力の大半は仕事をマネージしている全マネージャーのマネージに費やされることになる。
実際に仕事をする重役など、ほとんどいないのだ。
すなわち、I社の大部分のハードウェアとほとんどすべてのソフトウェアは最下層の連中、つまり見習い社員が作っていると言っていい。
その他の社員は全員、会議やマネージメント、マネージャーになるための勉強であまりに忙しすぎて、自分の専門知識をI社の製品に活かすチャンスがほI社の人間の目にマイクロコンピュータ市場への参入が魅力的に見えてきたのも、実は企業内競争のせいだった。
社内のほかの部門と内戦をしながらメインフレームのマーケットシェアを苦労してもぎ取るのは、もうウンザリというわけである。
マイクロコンピュータ市場では社内のライバルに気をつかう必要もなく、反トラスト法もない。
そして何よりも重要なのは顧客がまったくの新顔ばかりで、過去にI社のセールスマンと固い握手をかわした人間は一人もいないということだった。
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